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静岡地方裁判所 平成8年(ワ)9号 判決 1997年8月08日

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

理由

【事実及び理由】

第一  原告の請求

被告らは、原告に対し、連帯して金三〇〇万円及びこれに対する平成四年七月一一日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、日蓮正宗の僧侶である原告が、在勤する被告大石寺内において、創価学会ないしその会長池田大作を批判する内容の文書に署名すべき旨の求めを三度にわたって拒んだために、その後も被告大石寺の僧侶らに執拗に署名を求められただけでなく、被告大石寺から出仕停止、給料減額、住居立退等の報復を受けたとして、人格権侵害の共同不法行為に基づき、被告大石寺に対しては宗教法人法一一条、民法七一五条により、その余の被告らに対しては民法七〇九条、七一〇条により、それぞれ慰謝料の支払いを求めた事案である。

一  当事者間に争いがないか又は証拠により容易に認められる事実

1 当事者

(一) 原告は、昭和三八年一〇月七日、得度して日蓮正宗の僧侶となり、その後同宗の総本山である被告大石寺や各地の末寺で修行を重ね、昭和四六年三月に教師(住職の地位に就きうる資格)に任命され、同年一〇月からは、被告大石寺の塔中坊である常来坊の住職となったが、平成元年四月一〇日、同坊の住職を辞して被告大石寺所有の翠明寮に入り、無任所(特定寺院の住職でない立場)の教師として被告大石内で行われる各種宗教儀式・行事に出席し法務を遂行することを職務としていた。

(二) 被告大石寺は宗教法人であり、日蓮正宗の総本山である。被告大石寺の宗教法人登記簿によれば、その目的は、日蓮正宗宗制に定める宗祖日蓮所顕十界互具の大曼荼羅を本尊として、日蓮正宗の教義をひろめ儀式行事を行い、広宣流布の為め信者を教化育成しその他正法興隆、衆生済度の浄業に精進するための業務及び事業を行うこと等である。

被告阿部日顕(以下「被告阿部」という。)は、被告大石寺の住職・代表役員であるとともに日蓮正宗の法主・管長・代表役員である。被告八木信瑩(以下「被告八木」という。)は、被告大石寺の法人事務を含む寺院事務一切を司る部門である内事部の責任者たる主任理事である。被告小川只道(以下「被告小川」という。)は、同部の理事である。

2 原告の署名拒否

(一) 平成二年一二月、日蓮正宗は同宗の信徒団体である創価学会(以下「学会」という。)との間に路線上の対立を生じ、そのころ、その対立が表面化するようになった。

(二) 決意書と署名拒否(一回目)

平成三年二月六日、被告八木らが中心となり、被告大石寺及び塔中坊の教師僧侶に対し、日蓮正宗の法主である被告阿部に忠誠を誓い、学会首脳を攻撃すべく一致団結していく内容の決意書に署名することを呼びかけ、翌七日、被告大石寺内の塔中会議室において、原告を除く被告大石寺及び塔中坊内のすべての教師僧侶が右決意書に署名したが、原告は、これに署名しなかった。

(三) 謝罪要求書と署名拒否(二回目)

同年二月二六日、被告阿部らが出席して被告大石寺の時局協議会指導班会議が開かれたが、その席で、学会池田名誉会長に対して、被告阿部に対する謝罪を要求していくことが決議され、これに基づき、右同日、被告八木が被告大石寺内及び塔中坊の教師僧侶に呼びかけ、翌二七日、被告大石寺内の塔中会議室において、原告を除く被告大石寺及び塔中坊内のすべての教師僧侶が、学会池田名誉会長に被告阿部に対する謝罪文を奉呈するように求める内容の謝罪要求書に署名したが、原告は、これに対する署名も拒否した。

(四) 要望書と署名拒否(三回目)

同年一〇月一七日、被告大石寺の大書院で全国教師代表者会議が開催され、学会に対して何らかの措置を取るべきであるという意見が多数を占めたことから、各教区毎に、学会に対して何らかの処置をとることを要望する旨の要望書に教区内の僧侶全員の署名を集めて、同月中に宗務院宛に提出することになった。これを受けて、被告大石寺では、同月二五日、塔中会議室に約五〇名の教師僧侶を招集し、被告八木から、学会の解散勧告・破門、学会首脳部の処分等を求める宗務院宛の要望書に署名することを呼びかけた。これに対し、原告を除く他のすべての教師僧侶は、右要望書に署名したが、原告は署名することをその場で拒否した。

3 その後の被告大石寺の原告に対する措置

(一) 出仕停止

原告は、同年一一月二日以降、被告大石寺内で行われる各宗教儀式、行事(御開扉、御経、御講、満山供養)への出仕を停止された。

(二) 割出停止

原告は、被告大石寺から、僧階を基準に算出される給与額一一万円と法要出仕回数等を基準に算出される割出と称する各種の給付及び年二回の賞与の支給を受けていたが、同年一一月以降、出仕停止に合わせて給与を除く割出及び賞与の支給を停止された。

(三) 翠明寮からの立退

原告は、被告大石寺内の翠明寮に妻とともに居住していたところ、同年一一月一日頃、被告八木から一、二か月の間にそこから立ち退くように要求され、同年一二月二三日、被告大石寺所有の静岡県富士宮市内にある馬見塚寮に移転した。

二  争点

1 本件に関する司法審査の可否

(一) 被告らの主張(本案前の答弁)

憲法二〇条、二一条、宗教法人法八五条は、宗教団体が自らの組織運営について自律権を有することを保障しているから、裁判所は、宗教団体内部の自律権の範囲内の事柄について、その内容に立ち入って判断することはできない。本件で原告が主張するところのものは、すべて宗教団体における信仰、規律、慣習などの宗教上の事項(宗教法人法八五条)に関するものであり、日蓮正宗ないし被告大石寺が自らの組織運営について有する自律権の範囲内に属する事柄であり、裁判所の審判権は及ばない。

また、本訴は、損害賠償訴訟という具体的権利義務に関する訴訟の形式をとってはいるが、原告が被告大石寺において受けたさまざまな処分の結果被った不利益であると主張するものは、いずれも被処分者の宗教活動を制限し、あるいは当該宗教団体内部における宗教上の地位に関する不利益を与えるにとどまるものである。裁判所が原告主張の人格権侵害の存否、処分の効力の有無について立ち入って判断しようとすれば、日蓮正宗の教義の内容、僧侶の信仰のあり方や学会問題、さらには七〇〇年の伝統を有する大石寺の規律、慣習の内容などを取り上げざるを得ないこととなり、その判断が訴訟の帰趨を決定的に左右する。しかし、これらの事柄はいずれも宗教上の教義そのものにかかわることが明らかである。本訴はその実質において法令の適用による終局的解決に適せず、裁判所法三条に定める法律上の争訟にあたらないから、裁判所の審判の対象とならない。

よって、原告の本件訴えは却下されるべきである。

(二) 原告の反論

被告らは憲法二〇条、二一条、宗教法人法八五条を挙げて、本訴が裁判所の審理を受けるべきものではないと主張するけれども、それら法条は、宗教団体に治外法権を保障するものではなく、宗教団体内部の紛争であっても、それが法的紛争である限り、必要な範囲で裁判所が法的判断を加えることを妨げるものではない。

本訴によって原告が求めるものは、被告らによる原告の人格権に対する侵害行為によって生じた精神的苦痛の損害賠償であるから、当事者間の具体的な権利又は法律関係に関わる訴訟ということができるし、また、被告らの行為の態様が原告の人格を否定するに等しい公序良俗に反する極めて違法性の高いものであり、不法行為に該当すると主張するものであって、原告が被告らとの間の宗教上の教義論争等によってその人格を傷つけられたと主張しているわけではないから、日蓮正宗及び被告大石寺の宗教上の教義、信仰の内容などについて判断しなければ結論が得られないということはない。

2 原告に対する不法行為の成否

(一) 原告の主張(請求原因)

(1) 一回目の署名拒否と原告に対する署名強要行為

被告阿部は、自己の学会名誉会長池田に対する悪感情を無理矢理宗門の全僧侶に押しつけながら、皆が自分に従うか否かを判定するために、平成三年二月上旬、被告八木及び被告小川と共謀の上、被告大石寺及び塔中坊の教師僧侶に対し、法主である被告阿部に忠誠を誓い、学会首脳を攻撃すべく一致団結して行くとの趣旨の決意書に署名させることを企図し、被告八木は、同月六日、被告大石寺及び塔中坊の教師僧侶を招集し、「学会池田名誉会長や学会幹部が猊下(被告阿部を指す。)を冒涜しているが、我々総本山山内教師一同は、猊下に対してご奉公を尽くすという決意書を猊下に奉呈しようではないか。明日、署名押印を行うので印鑑を持参するように」などと一方的に呼びかけた。原告が、右のような決意書への署名には納得がゆかず、これを拒否したところ、被告阿部らは次のとおりの嫌がらせをした。

<1> 同月七日、日蓮正宗宗務院財務部主任長野経道は、夫婦で翠明寮の原告宅を訪れ、原告が署名を拒んだことを約二時間にわたって非難した上、そのまま署名拒否を続けると大変なことになるかのように言い募り、被告阿部に信伏随従して署名するように強要した。

<2> 同月八日、被告八木の指示を受けた被告大石寺内事部理事の青山恭淳及び日蓮正宗富士学林図書館長(被告大石寺塔中坊住職)永栄義親らは、原告宅を訪問し、体調不良の原告に対して、威圧的な態度で学会の批判を繰り広げた上、塔中僧侶として、署名しないのは、僧侶の道念に反する、などと言って、約二時間にわたり被告阿部に謝罪するように迫った。

<3> 同月一八日ころ、被告小川は、原告宅を訪問し、被告阿部についていかなければ、学会も妙信講(日蓮正宗の信徒団体で宗門の公式決定に反抗して解散処分を受けた講)と同様になる、このような学会擁護の態度を続けていると処分されるぞ、などと言って原告が署名を拒否したことを咎め、原告夫婦に非難がましい言葉を並べ立てた。

(2) 二回目の署名拒否と原告に対する署名強要行為

同年二月二七日頃、被告阿部らは共謀の上、前回の決意書への署名に引き続き、被告阿部に対して謝罪することを要求する趣旨の学会名誉会長宛の謝罪要求書への署名活動を行うことを企図し、被告八木が被告大石寺及び塔中坊の教師僧侶を塔中会議室に集合させて署名を強要したが、原告は、これに対する署名も拒否したため、被告阿部らから次のような嫌がらせを受けた。

<4> 同年三月三日ころ、被告阿部らの指示を受けた日蓮正宗の僧侶である安沢淳栄及び栃木県浄圓寺の成田宣道は、原告宅を訪問し、約二時間にわたり、原告に対し、「なぜ署名しないのか。猊下(被告阿部)をうらんでいるのか。」「あなたは地獄へ落ちるぞ。親戚・寺族も全部地獄に落ちるぞ。坊さんとしてやっていけなくなる。信者さんとも付き合っていけない。署名するのが道念だ。」「自分が猊下に言ってあなたの首を切ってもらうこともできる。」などと威嚇し、さらにテーブルを叩きながら、原告を詰問し、署名を強要した。

<5> 同月上旬ころ、被告阿部らの指示を受けた青山恭淳及び長野経道が原告宅を訪れ、約二時間にわたり、今からでも間に合うから署名するように、署名拒否は塔中僧侶の道念に反するなど原告を非難した。

<6> 同月中旬ころ、日蓮正宗新潟市布教区宗務副支院長松田泰玄が総本山での宗教行事である満山供養の際に原告の態度を非難した。またそのころ被告大石寺の大坊にいる藤本道淳も法要の帰途、原告に対して署名拒否の態度を強く非難した。

<7> 同月下旬ころ、被告小川は、原告に対し、「学会も妙信講と同じ状態になる。学会は正宗とは関係ない団体になるのだから」「署名もしないような態度をとり続けていると、今後はいいことはない。」「ここ(翠明寮)にもいられなくなる。御開扉にも出られなくなる。」などと発言し、署名拒否の態度を続ければ生活の糧や生活の本拠を失うことになるといわんばかりの気勢を示して署名を強要した。また、そのころ、日蓮正宗宗務院庶務部副部長高木伝道が、原告宅を訪れ、約三〇分にわたり、原告の署名しない態度を非難し、また翌日には電話により原告に署名するように強要したり、教師僧侶になったばかりの被告大石寺の大坊内奥番(被告阿部の側近)の佐藤道幸が、原告宅に電話で「教師として指導していく立場にある人が、猊下に反する行動をとることはまずいのではないか。あなたには僧の道念がない。」など約四〇分にわたって原告の署名拒否の態度を非難した。

<8> 同年四月二日ころ、被告八木は、原告を被告大石寺内事部談話室に呼びつけ、原告に対し、「猊下に反対するとは身勝手な者だ。」など大声で恫喝し、また「もうお前は、住職として入っていく寺がなくなってしまったなあ。」と嘲笑したり、「(署名をしないで)日蓮上人も悲しんでおられるぞ。」などといって、原告が右署名要求に応じないことを強く非難した。

<9> 同年八月二日ころ、朝の読経が終了した後、被告阿部は、原告を被告大石寺内事部小談話室に呼び出し、険しい顔をして原告を睨み付け、「君は何度言われてもわからないんだな。困ったものだ。」と強い口調で原告を非難した。

(3) 三回目の署名拒否と原告に対する署名強要行為

同年一〇月一七日に被告大石寺で開催された全国教師代表者会議の席上、日蓮正宗の藤本総監は、「今月中に各教区から学会に対する処置についての要望を出してもらいたい。その要望書の内容を子細に検討し、猊下の御指南を賜りながら可能なことから実行に移していきたい。」と発言した。これを受けて被告阿部らは、同年一〇月二五日ころ、被告大石寺内の塔中会議室に被告大石寺及び塔中坊の約五〇名の教師僧侶を招集し、被告八木から、学会の解散勧告・破門、学会首脳部の処分等を求める宗務院宛の要望書に署名することを求め、「本山としても教師全員が署名をして、全員の意向として対処したい。」と発言した。原告は、「私は、今回も署名できません。」と発言し、署名を拒否する態度をその場で明らかにしたため、被告八木を含めて塔中会議室にいた一部の僧侶たちから厳しく批判された上に次のような嫌がらせを受けた。

<10> 同月二九日ころ、被告阿部らの指示を受けた永栄義親が原告宅を訪れ、約二時間にわたり、「猊下の言うことが聞けないのか。どうしても署名できないのならとんでもないことになる。」と大変な剣幕で原告を怒鳴りつけて要望書に署名することを強要し、翌日も永栄義親及び長野経道が原告宅を訪れ、約二時間にわたり、「宗門は悪くない。悪いのは学会だ。」などと繰り返し申し向け、原告を責め立てた。

<11> 同月三〇日午後四時ころ、被告小川は、原告宅に電話して、原告に対し、「今回も署名する気は起きないか。」と尋ね、原告が「署名する気はない。」と応えると、「宗門の者として、そういうことでは困る。猊下の意に反するような事をすると今度は首を切られるぞ。」と迫り、処分をほのめかして執拗に要望書への署名を強要した。

(4) 被告らの報復行為としての村八分

被告らは、以上のとおり、原告が三度にわたって署名を拒否したことから、原告に対して執拗に署名を強要し、宗門僧侶を手足としてさまざまな嫌がらせや脅迫を行ってきたばかりか、その画策が不成功に終わるや、被告大石寺及び塔中坊の僧侶・寺族らをして原告夫婦との付き合いを一切絶たせて孤立状態にさせ、いわゆる村八分的な嫌がらせを行うなどの報復行為に及んだ。

(5) 被告らの報復行為としての出仕停止(減給処分)

被告小川は、同年一〇月三一日ころ、原告を被告大石寺内事部に呼び出した上、その席で、被告八木から原告に、「今回の件に協力できないことは、僧侶としての道念に大変に反するものである。これからは御開扉・御経・御講・満山供養に出席してはならない。最低給与一〇万円にする。今住んでいるところは、職員住宅なので、一、二か月後には出るように」と一方的に通告した。

原告は、それまで被告大石寺の教師として被告大石寺内で行われる各宗教儀式・行事に出席して法務を遂行するという職務を担当し、右職務の対価として被告大石寺から毎月基本給として一一万円を給付される他に種々の割出の支給を受けて生計を立てていたところ(月額平均約二七万円になる。)、右出仕停止処分により給料は基本給の月額一一万円のみとなり、年二回の賞与や原告の妻花子の給与(実質的には原告に対する扶養手当で平成三年一月から同年一〇月までの支給額は月平均二万七五〇〇円)も右処分以降は全く支給されなくなった。

なお、寺内の僧侶に対して一〇月及び一月に支給される永代経割出は七月から一二月までの永代経に出席したことに対して支給されるものである。原告は平成三年七月から同年一〇月の永代経に出席したからその出席分に応じて永代経割出の支給を受けるべきところ、平成三年一〇月二五日の被告大石寺理事会の決定以後右支給がなされていない。原告は平成三年七月から同年一〇月までは通常どおり法要等に出席していたから、一二月に下半期の賞与の支給を受けるべきところ、何ら支給を受けられなかった。さらに二月に支給される満山割出一年分は前年の満山供養に出席したことに応じて支給されるものであり、原告は平成三年の一〇月までは通常どおりに満山供養に出仕していたから、それに応じた割出が平成四年二月に支給されるべきであるのに、被告大石寺は何ら支給しない。

(6) 被告らの報復行為としての翠明寮からの立退処分

被告八木は、平成三年一二月五日、原告宅(翠明寮)を訪れ、原告に対し、「どうしても猊下に従うことができないなら、ここは役職員の住居だから出ていってもらうしかない。」などと言い、同月七日に再び原告宅を訪れ、原告に対し、「住むところがなければ、馬見塚の寮に移ってもらう。ここは、今月中に出ていくように。」と言ってきた。被告八木は、同月二二日ころにも、原告宅を訪れ、原告の住居の明渡しを迫ったため、原告夫婦は仕方なく翌日(同月二三日)に馬見塚の寮に移り、以後同所での生活を余儀なくされた。馬見塚塚は、草むらと竹やぶを合わせたような場所で、トタン屋根は湾曲し、アンテナは曲がり落ちそうな状況で、庇の両側の柱が腐ったような建物で、そのままでは人が住める場所ではなかった。

(7) 被告阿部らの行為の違法性と被侵害利益

<1> 署名強要行為等の違法性

被告らが原告に対して要求した署名の類は、本来、署名者の自由な意思に委ねられるべきものであり、いかなる理由があろうとも、これを強制することは内心の自由に対する侵害であり許されない。このことは、宗教団体等の私的団体内部のことがらについても同じである。そのうえ被告阿部らが原告に署名を求めた文書は、被告阿部の宗教上の立場を離れた個人的好悪を表すものである。被告阿部は、法主という絶対的権威者たる立場を利用して、その配下の者をして入れ替わり立ち替わり執拗に嫌がらせの言動を繰り返させ、村八分的な報復を加えて、原告に対し、その意思や信念に反するそのような内容の書面に署名すべきことを求めたものである。被告らの行為は、合理的な説得・訓戒の範囲を著しく逸脱し、原告の人格権を侵害する違法行為というほかない。

<2> 報復行為の違法性

被告阿部らの原告に対する出仕停止、減給及び立退処分は、日蓮正宗の法人規則である宗制宗規の規定に基づかないものである。宗制宗規には、二四四条以下に懲戒処分手続が規定されているが、原告に対する右処分においては懲戒処分手続が履践された形跡がない。

これらの処分は、原告の生活を根本的に脅かす経済的制裁であって、その重さは、日蓮宗僧侶に対する懲戒処分としての「降級」によって被処分者が被る経済的不利益にも匹敵する。また、出仕停止は、総本山在勤者取締内規によって、非教師に対する罰則として定められている処分である。被告大石寺の自律的規範である大石寺規則には不利益処分に関する規定はないが、その場合であっても、処分を受ける者の被る不利益の程度が大きい場合には、被告の自由裁量にまかされるわけではなく、条理に基き、原告に対して告知・聴聞の機会を与える等適正な手続きに従うべきものである。しかし、原告に対する出仕停止等の諸々の処分は、何ら正当な権限を有しない者により、極めて恣意的になされたものであり、被告らが、その際に適正な手続については配慮した形跡は全くない。各処分は、被告らの意向に従って署名しようとしない原告に対する違法な報復行為であるといわざるをえず、適正な手続を経ないでなされた事実上の懲戒処分として、被告大石寺の統制権の範囲を逸脱し、原告の人格権を侵害する違法行為である。

(8) 被告大石寺の責任及び原告の精神的損害

被告大石寺は、被告阿部らがその職務を行うにつき第三者に加えた損害を賠償する責任がある。そして、被告阿部らの一連の行為(署名強要行為・報復行為)により、原告の人格権は著しく傷つけられた。その精神的苦痛に対する慰謝料額は、金三〇〇万円を下らない。

(二) 被告らの主張

(1) 原告に対する署名要求の経緯

<1> 日蓮正宗の信仰

日蓮正宗の信仰は、「謗法厳誡」である。自らが謗法行為を犯さないこと及び他の謗法を誡めてゆくことを含む。また他の謗法行為に同調することを「謗法与同」と呼び、厳しく誡められている。「謗法」とは、「正法」を謗る意味で、さらに日蓮大聖人を謗り、日興上人以下歴代の上人を謗ることでもある。さらに日蓮正宗においては、教義上、僧侶は法主の指南に信伏随従しなければならず、その教義を信奉することは日蓮正宗の僧侶たるものの要件である(日蓮正宗宗規一七〇条、一九〇条ノ二、二一〇条、二一七条、化儀抄四条、二七条)。したがって、被告大石寺に在勤する僧侶でありながら、法主の指南に信伏随従する意思を失い、剰え謗法に同調する者は排斥されるべき対象になる。

<2> 学会・池田大作名誉会長の教義逸脱

学会は、昭和二七年に宗教法人として認証を受けた日蓮正宗の信徒団体であったが、昭和三五年に第三代会長に就任した池田大作には、昭和四七年の総本山正本堂落慶以後、法主に対する無礼行為や僧侶軽視、寺院軽視及び教義歪曲の言動が目立ったことから、宗門僧侶から厳しい批判が続き、これに対しては池田大作も、教義逸脱を反省し、昭和五四年に学会会長及び法華講総講頭を辞任した。そのため一旦は法主の指南のもとに僧俗和合協調路線の方針が確認された。

ところが、被告阿部が、昭和五九年一月二日、池田大作の反省を信頼して再び同人を法華講総講頭に任命すると、池田大作は次第に横暴に振る舞うようになり、平成二年一一月一六日第三五回本部幹部会においては、「猊下というものは信徒の幸福を考えなきゃいけない。権力じゃありません。」などと法主を軽視、批判する発言をした。

そうしたところ、平成三年一月上旬ころ、日蓮正宗の全国各布教区から被告大石寺に向けて、池田大作及び学会幹部の法主及び宗門僧侶に対する誹謗中傷に反省を求めるとともに法主を絶対に指示するとの決意表明が続々と寄せられた。これを受けて被告大石寺内部の僧侶にあっても、法主に信伏随従し、一致団結して学会の謗法に対決する意思を固め、その旨の決意表明をすべきであるとの意見が現れるようになり、やがて決意書、謝罪要求書及び要望書への各署名がなされるに及んだ。

第一回(決意書)は平成三年二月七日塔中会議室において能勢順道執事の提唱で決意書への署名がなされ、第二回(謝罪要求書)は同年三月一日同会議室にて被告八木が経緯を説明した上、謝罪要求書への署名が行われた。さらに第三回(要望書)は同年一〇月二五日同会議室で要望書への署名が行われた。このうち決意書は日蓮正宗の教義を改めて明らかにし、学会の教義違背を批判する趣旨のものであり、謝罪要求書は池田大作の平成二年一一月一六日の法主及び宗門僧侶に対する侮辱発言について謝罪を要求する趣旨のものであり、要望書は、それまでの経緯から学会には反省の意思がないことが明らかになったので、これに対して何らかの措置を執るべきことを本山に対して要望するものであった。

<3> 原告の日蓮正宗教義への違背

被告大石寺内部の僧侶の中で、原告唯一人が右三度の署名を拒否したものであり、決意書、謝罪要求書及び要望書の意味から推しても、これらの署名を拒否した原告は、日蓮正宗の教義信条である謗法厳誡に違背するものである。

<4> 署名説得行為

山内僧侶(大石寺及びその塔中坊に居住する僧侶)は、日蓮正宗の教義信条に基づく慈悲の上から、日蓮正宗僧侶の道念を顕す署名を勧めるために原告宅を訪れたのであって、その行為は宗教的善導ないし教導(宗教的説得)にあたり、いずれも被告大石寺における責任者ないし原告の縁故者である僧侶被告小川、永栄義親及び安沢らにおいて穏やかに宗教的善導ないし教導をすすめたのであり、社会的許容限度を逸脱したり公序良俗に違反したりした事実はない。

<5> 以上のとおりの決意書、謝罪要求書及び要望書の署名の経緯、原告の教義の逸脱及び説得行為の態様等からすると、原告に対する署名に向けた説得行為は合理的な説得の範囲を超えるものではなく、何ら違法性を帯びない。

(2) 原告に対する処分

<1> 出仕停止の性質

日蓮正宗では、日興上人の遺文である「遺誡置文」により、謗法を犯した者と法要などにともに出席すれば謗法を認めることになるとされている。原告に対する出仕停止の措置は、この教えに従い、日蓮正宗の教義に違反している原告に対し被告大石寺の重要な儀式への出仕を停止し、併せて原告に今一度僧侶としての自覚を取り戻すよう反省を促すためになされたものである。

割出は、御経をあげる等日々修行を行う僧侶に対してのみ、その僧階や出仕の回数に応じて受領資格が与えられるものであり、仏(御本尊)より授かるもの(金品)であるから、日蓮正宗の信仰を喪失し、かつ、出仕をすることもなくなった原告には受給資格はない。原告は一〇月及び一月に支給される割出について主張するけれども、これは古くからの慣例により、割出支給月に総本山に在住し、法要への出仕を許された者に限って支給されることになっている。原告がこの要件に当たらないことは明らかである。一二月に支給される賞与、満山割出についても同じ理由で原告には受給資格がない。

もっとも、原告には割出も支給されることがなくなったが、基本給、水道光熱費等は全額が交付されている。原告に対する措置が社会的許容限度を超えたとは言いがたい。

<2> 翠明寮からの退去

翠明寮は出仕の要員に当てられる宿舎であるから、出仕をしないこととなった場合には、そこに止まる理由はない。そこで、被告大石寺は、原告が日蓮正宗の僧侶として静かに内省するようにとの趣旨で移住を求めたものである。そもそも原告は学会の謗法に与同し、宗門の方針に同意できない者であることが明瞭となったのであるから、大石寺内に留め置くことはできない。翠明寮からの退去は、被告大石寺が止むをえずになした宗教上の措置ということができる。

(3) 適正手続

<1> 被告大石寺では、宗教法人大石寺規則八条一項及び日蓮正宗宗規一七四条により、日蓮正宗の法主である者がその住職となり、住職の職にある者が代表役員となって被告大石寺を代表する。教義など宗教団体に関する事務は住職の権限に属し、人事権等宗教法人に関する事項は代表役員の権限に属する。

<2> 被告大石寺には、宗教法人法一八条四項、大石寺規則一一条に基づき、事務決定機関として責任役員会を置いている。責任役員会は各々平等の議決権を有する責任役員をもって構成され、その定数の過半数で決するところにより、その事務を決定する。また、責任役員は宗教団体である被告大石寺の総代でもあるので、宗教団体の宗教上の事項についても議決権を有する。

<3> 被告大石寺には、昭和四九年四月六日責任役員会の決議に基づき、被告大石寺の諸活動の合理的かつ有機的な運営を図るため、責任役員会の下で、代表役員の委任を受けて諸活動の運営の実務的処理を行う最高執行機関として理事会を置いている。

また同時に総代会決議の趣旨を併せて議決されたところにより、事務機構は、宗教上の行為を含めて次のとおりに整備された。すなわち、被告大石寺の総本山としての宗教活動である法要、行事等の執行、寺院の運営と維持管理全般をつかさどる部署として内事部を置き、広範囲にわたる総本山の運営、管理を適正かつ円滑に運営するために各部署毎に担当の理事を置く。全理事を統括するために主任理事を置く。なお、本件で問題となる総本山内教師僧侶に対する法要等への出仕命令や諸行事等の内務を担当する部署を内事部といい、内事部理事がその業務を統轄する。

<4> 被告大石寺は、平成三年一〇月二五日午前九時原告が要望書の署名を拒否したのを受けて、内事部理事の被告小川の請求により理事会を開催し、その席で、原告に対して出仕停止、割出停止、住居移動の各措置を取ることを理事全員が確認した。その趣旨は同日午後一時ころに被告阿部にも報告された。その上で、同年一一月一日、被告八木及び被告小川が原告を呼び出し、再度原告の意思を確認した上で、翌日からあらゆる法要・行事に出仕してはならないこと、割出は支給されないこと、二、三か月のうちには住居を移るべきこと、原告の妻についても山内の諸法要への参加は控えるべきことを伝えた。

以上のとおり、原告に対する措置は、被告大石寺住職ならびに代表役員である被告阿部からいずれも教義上人事上の権限を委ねられている理事会、担当理事が行ったものであり、正当である。

(4) 右のように、原告に対する措置は、原告が宗教上の信念を被告大石寺と異にする旨明言したところ、被告らにおいて原告の説得を重ねても原告がこれに応じなかったために、被告大石寺において内部秩序維持のために止むを得ずなしたものであり、かつ、手続上も、権限ある機関により人事上の措置としてなされたものであるから、何ら違法ではない。日蓮正宗の宗規には懲戒に関する規定があるが、だからといって本件の原告のような場合に常に懲戒権の発動によって対処すべきものではない。本件の措置は被告大石寺の僧侶に対する人事上の裁量権行使の範囲内に属する妥当な措置である。

第三  当裁判所の判断

一  本件に関する司法審査の可否について

1 被告らが主張するとおり、憲法二〇条、二一条の趣旨からすれば、宗教団体等社会的団体がその団体内部の事柄についてする諸々の処分、とりわけその組織運営に関する事柄については、団体の自律にまかせ、内部で紛争が生じた場合にも、裁判所が一々それを取り上げて法的解決を与えるのを相当としない場合があるといえる。しかし、団体の自律権を認めるべきであるとはいっても、件の処分が公序良俗に違反する結果をもたらしたり、あるいは団体に属する者の基本的人権をその中核的部分において侵害するというような場合には、団体の自律にまかせるというわけにはゆかず、具体的権利義務ないし法律関係に関する法的紛争である限り、求めにより裁判所は法的な解決を与えるべきものである。紛争が宗教団体における信仰、規律、慣習などの宗教上の事項(宗教法人法八五条)に関する場合であっても、信教の自由に配慮すベきことは当然であるが、一定の範囲で裁判所の判断が及ぶことはいうまでもない。本訴において原告は、被告らによる原告の人格権に対する侵害行為は、宗教団体に属する者に対する処分としても許容限度を超えるものであると主張し、これによって生じた精神的苦痛の損害賠償を求めているのであるから、裁判所は、当事者間の具体的な権利又は法律関係に関わる訴訟として、そのような事実の存否について判断すべきものである。

2 また、被告らは、原告が被告大石寺から受けたと主張する処分は、いずれも、被処分者の宗教活動を制限し、あるいは宗教団体内部における宗教上の地位に関する不利益を与えたものにとどまるから、本訴については、裁判所の判断権は及ばないと主張する。しかし、原告は、原告の宗教活動を制限したり被告大石寺内部における宗教上の地位を左右する趣旨の処分の効力の有無について判断を求めているわけではなく、宗教者であることを考慮にいれるとしてもその受忍すべき限度を超えたというベき態様による人格権侵害の不法行為によって生じた損害の賠償を求めているものであるから、裁判所はそのような事実の存否について判断すべきものである。

3 さらに、被告らは、本訴は人格権侵害による損害賠償請求の形を取っているものの、裁判所が原告主張の人格権侵害の有無について判断するためには、日蓮正宗の僧侶の信仰のあり方や学会問題、被告大石寺の規律、慣習の内容などまで取り上げざるを得ず、これらの問題が、宗教上の教義、信仰の内容に深くかかわっていることから、本訴はその実質において法令の適用による終局的解決に適しないものとして、裁判所法三条の法律上の争訟にあたらないと主張する。

確かに、本件当事者は互いに宗教上の信念ないし立場を異にし、本件紛争もその対立を機縁として発生したとみることができるが、原告は、その内心における宗教上の信念ないし立場の相異にかかわりなく、被告らが原告に対してなした外形的行為自体が、原告の人格権を侵害するものであり、宗教団体ないし宗教者としてなしうる合理的な説得訓戒の範囲を著しく逸脱し、また、手続的にも、被告大石寺の守るべき手続規定を遵守しなかった違法があると主張し、損害賠償を求めるものである。したがって、本件は、具体的な権利義務ないし法律関係に関する紛争というのに不足はなく、後述のとおり、日蓮正宗の教義、信仰の内容に立ち入ることなくその当否を判断できるものである。

4 よって、被告らの本案前の申立ては理由がない。

二  原告に対する不法行為の成否について

1 事実経過

前記第二の一の事実(当事者間に争いがないか又は証拠により容易に認められる事実)に加え、《証拠略》によれば、以下の事実が認められる。

(一) 原告の被告大石寺における地位

原告は、大正一五年八月一五日に福島県で生まれ、昭和二五年三月二日に妻花子と結婚した。原告は、昭和三二年七月一五日に日蓮正宗に入信するとともに学会の会員となり、昭和三八年一〇月に日蓮正宗の当時の法主、管長である日達上人を師僧として出家得度した。その後、山梨県甲府市の正光寺、群馬県高崎市の勝妙寺などの末寺での修行を経て、昭和四七年三月に訓導に任命され教師資格(住職になることができる資格)を得た。そして、昭和四七年一〇月に被告大石寺の常来坊(被告大石寺の塔中坊の一つで、主に日帰りの参詣者の休憩場所として使用されている。)の住職に任命された。なお、原告は、平成元年三月に、上下一三階級ある日蓮正宗の教師僧侶の階級のうち上から第八位にある権僧都に任じられたが、そのころ、健康上の理由により、常来坊の住職を辞して被告大石寺の翠明寮(寺や住坊を持たない無任所教師用の施設)に移った。

(二) 日蓮正宗と学会との関係

学会は、昭和二七年に宗教法人として認証を受けた日蓮正宗の信徒団体であるが、日蓮正宗の総本山である被告大石寺は、昭和三五年に第三代会長に就任した池田大作には昭和四七年の総本山正本堂落慶以後、「血脈付法」の法主に対する無礼行為や僧侶軽視、寺院軽視及び教義歪曲の言動が目立つとの理由でこれを異端視し始め、これを受けた日達正宗の宗門僧侶は池田大作に対し厳しい批判、攻撃を展開した。そのため池田大作は昭和五四年に学会会長及び法華講総講頭を辞任せざるを得なくなった。

その後、日蓮正宗と学会の対立が緩み、昭和五九年一月二日、池田大作は、再度法華講総講頭に任命されたが、平成二年一二月頃から、日蓮正宗と学会とは再度表だって対立するようになり、平成三年一月上旬ころには、池田大作が法主を軽視、批判する発言をしているとの理由で、日蓮正宗の全国各布教区から被告大石寺に続々と決意書(学会の池田大作及びその幹部が法主及び宗門僧侶に対し、誹謗中傷を重ねていることに反省を求めるとともに法主を絶対的に支持し、これに仕えるとの内容)が寄せられてきた。被告大石寺内部の僧侶においても法主である被告阿部に絶対的に信頼し、一致団結して学会の謗法に対する決意を固め決意表明すべきであるとの意見が出され、本件決意書、謝罪要求書及び要望書がとりまとめられ、署名を集めることになった。

(三) 原告の学会に対する態度と署名拒否

原告は、昭和三二年に日蓮正宗に入信して以来、日蓮の教えを全世界に教え広めること(応宣流布という。)が仏の意思(仏意仏勅)であり、学会はこれを実践する団体であると確信し、学会の池田名誉会長を心から尊敬していたことから、学会ないし池田名誉会長を攻撃する内容の本件決意書、謝罪要求書及び要望書に対しては、どうしても署名することができないという堅い信念のもとに、前記のとおり署名を拒んだ。

(四) 原告に対する被告大石寺の僧侶らの働きかけ

その後、原告は、以下のとおり、被告大石寺の僧侶らによる説得・訓戒活動にさらされた。

<1> 第一回目の決意書の署名拒否後である平成三年二月七日、日蓮正宗宗務院財務部主任長野経道が夫婦で翠明寮の原告宅を訪れ、約二時間にわたって原告の右署名拒否を非難した上、署名拒否を続けると大変なことになるかのように告げ、被告阿部に心から信頼して署名に応ずるように強く求めた。

<2> 同月八日、被告大石寺内事部理事の青山恭淳及び日蓮正宗富士学林図書館長(被告大石寺塔中坊住職)永栄義親らは、原告宅を訪問し、当時体調不良であった原告に対し、約二時間にわたり学会の批判をしたり、塔中僧侶でありながら署名しないのは、僧侶の道念に反する、などと言って、被告阿部に謝罪せよと迫るなどした。

<3> 同月一八日ころ、被告小川が原告宅を訪問し、「被告阿部についていかなければ、学会も妙信講(日蓮正宗の信徒団体で宗門の公式決定に反抗して解散処分を受けた講)と同様になる。このような学会擁護の態度を続けていると処分されるぞ。」などと言って原告が右署名を拒否したことを咎めた。

<4> 二回目の謝罪要求書への署名拒否後である同年三月三日ころ、日蓮正宗の僧侶である安沢淳栄及び栃木県浄圓寺の成田宣道は、原告宅を訪問し、約二時間にわたり、原告に対し、「なぜ署名しないのか。猊下(被告阿部)をうらんでいるのか。」「署名しないと地獄へ落ちる。親戚・寺族も全部地獄に落ちるぞ。坊さんとしてやっていけなくなる。信者さんとも付き合っていけない。署名するが道念だ。」「自分が猊下に言ってあなたの首を切ってもらうこともできる。」などと言って、原告に対して署名するように強く求めた。

<5> 同月上旬ころ、前記青山恭淳及び長野経道が原告宅を訪れ、約二時間にわたり、今からでも間に合うから署名するように、署名拒否は塔中僧侶の道念に反するなど原告を非難した。

<6> 同月中旬には、日蓮正宗新潟市布教区宗務副支院長松田泰玄が総本山での宗教行事である満山供養の際に原告に対して、「署名拒否しているらしいね。みんながやっているんだから、やったほうがいいよ。」と話しかけ、またそのころ、被告大石寺の大坊にいる藤本道淳も御開扉の帰途、原告に対して、「署名はどうしてもできないんですか。」と暗に署名すべきことを求めた。

<7> 同月下旬ころ、被告小川は、原告に対し、「学会も妙信講と同じ状態になる。学会は正宗とは関係ない団体になるのだから」「署名もしないような態度をとり続けていると、今後はいいことはない。」「ここ(翠明寮)にもいられなくなる。御開扉にも出られなくなる。」などと発言した。また、そのころ、日蓮正宗宗務院庶務部副部長高木伝道が、原告宅を訪れ、約三〇分にわたり、原告の署名しない態度を非難し、また翌日には原告に署名するように電話したりした。さらに、教師僧侶になったばかりの大石寺の大坊内奥番(被告阿部の側近)の佐藤道幸が、原告宅に電話で「教師として指導していく立場にある人が、猊下に反する行動をとることはまずいのではないか。あなたには僧の道念がない。」などと約四〇分にわたって原告の署名拒否の態度を非難した。

<8> 同年四月二日ころ、被告八木は、原告を被告大石寺内事部談話室に呼び寄せ、原告に対し、「猊下に反対するとは身勝手な者だ。」「もうお前は、住職として入っていく寺がなくなってしまったなあ。」「(署名をしないで)日達上人も悲しんでおられるぞ。」などと言って原告が右署名に応じないことを強く非難した。

<9> 同年八月二日ころ、朝の読経が終った後、被告阿部は、原告を被告大石寺内事部小談話室に呼び出し、原告に対し、「君は何度言われてもわからないんだな。困ったものだ。」と強い口調で言った。

<10> 同年一〇月二五日、被告八木は、被告大石寺内の塔中会議室に被告大石寺及び塔中坊の約五〇名の教師僧侶を招集し、前記のとおり、学会の解散勧告・破門、学会首脳部の処分等を求める宗務院宛の要望書に署名することを求めた。これに対して、原告は、自ら手を挙げて、「私は、今回も署名できません。」と発言したため(三回目の署名拒否)、被告八木を含めて塔中会議室にいた一部の僧侶たちからその場で厳しく批判された上、同月二九日ころ、前記永栄義親の訪問を受け、約二時間にわたり、「猊下に反対するとはとんでもない奴だ。これからひどいことになる。」などと責め続けられ、翌日(同月三〇日ころ)も永栄義親及び長野経道の訪問を受けて、「宗門は悪くない。悪いのは学会だ。」などと責め立てられた。

<11> 同月三〇日午後四時ころ、被告小川は、原告に対し電話で、「今回も署名する気は起きないか。」と言うので、原告が「署名する気はない。」と言うと、「宗門の者として、そういうことでは困る。猊下の意に反するような事をすると今度は首を切られるぞ。」と迫った。

(五) 被告大石寺の原告に対する措置

被告大石寺の内事部理事の被告小川は、平成三年一〇月二五日、原告が三回目の署名拒否を明確にした時点で、被告大石寺内において、ひとり学会に同調して全く反省の態度が見られない原告をこのまま放置できないと考え、被告大石寺として、原告に対し、法要・行事への出仕を停止する、それに伴い、原告に支給する給与は、僧階(権僧都)に応じた基本給(一一万円)のみとする、山内の翠明寮からの退去を求めるといった厳しい措置をとることをその場にいた理事らに提案し、大方の了解を得た。被告小川は、その後、被告大石寺の代表役員であり住職である被告阿部にもその旨報告して同被告も原告に対して右措置をとることを了承していた。

そして、被告小川は、同年一一月一日、原告を呼び出し、被告八木とともに原告に再考を促したが、その意思の堅いことを確認した上、原告に対し、翌日から法要・行事への出仕をやめるべきこと、それに伴い、当然に割出も受けられなくなること、一、二か月のうちには翠明寮を退去すべきことを告げた。

(六) 出仕停止と割出の停止

原告は、それまで被告大石寺から平成三年一月から一〇月まで平均月額二七万二八〇〇円の給与(割出を含む)と年二回の賞与(三〇万円)の支給を受けていたものであるが、右措置により、被告大石寺内における法要・行事に出仕できず、従前法要等への出仕回数に応じて支給されていた割出等の支給を一切停止された。そのため、原告は、平成三年一一月以降、月額一一万円の給与しか受け取れなくなり、経済的に困窮するに至った。

なお、日蓮正宗(被告大石寺)においては、古くより信徒からの供養をもとに僧侶に対して支給される金品を衣鉢費と呼び、割出の名称で支給していたが、昭和四〇年代に税務署の指導を受け、これを給与と称するようになった。その中には、僧階に応じて決められているいわば基本給に相当する部分(原告の場合は月額一一万円)と、法要等への出仕の回数等に応じて支給される割出の部分があり、一般的にも後者が相当な部分を占めていた。もっとも、割出には、僧侶が御経をあげた時に、仏(御本尊)より授かるものという宗教的意義があり、古くからの慣例に従い、日々修行を行う者のみが受領資格を与えられるという信仰生活の一部としての要素があり、単なる労働の対価とはいえないところがある。

(七) 翠明寮からの立ち退き

被告八木は、平成三年一二月、原告宅(翠明寮)を数回にわたって訪れ、原告夫婦に対し、「どうしても猊下に従うことができないなら、ここは役職員の住居だから出ていってもらうしかない。」、「住むところがなければ、馬見塚の寮に移ってもらう。ここは、今月中に出ていくように。」などと言って、立ち退きを迫った。そのため、原告夫婦はやむなく同月二三日、馬見塚の寮に引っ越し、同所での生活を始めたが、馬見塚の寮は、翠明寮に比し、居住環境としては劣悪であった。

(八) 本訴提起および原告に対する擯斥処分

原告は、平成四年七月一日、被告らに対して本訴を提起し、その後、学会の機関紙である聖教新聞上で、前後六回にわたりインタビューに答える形で被告阿部を誹謗中傷したとして、平成五年六月五日、日蓮正宗の管長である被告阿部より、日蓮正宗宗規二四七条一一号に基づく擯斥処分を受け、僧籍を削除された。

2 原告主張の署名強要行為の違法性について

以上のとおり、原告が本件決意書、謝罪要求書及び要望書に対する署名を拒否した都度、被告小川を含む被告大石寺ないし日蓮正宗の僧侶らが、入れ替わり立ち替わり原告宅を訪れるなどして、それぞれの立場で右文書に署名するよう強く説得し、容易にこれに応じようとしない原告を非難する言動に及んだことが認められるが、右僧侶らの説得行為が、被告阿部ないし被告八木の指示のもとに組織的に行われたかについてはひとまず措き、当時の日蓮正宗ないし被告大石寺と学会とが教義その他の理解を巡って厳しい対立関係にあったこと、被告大石寺内では原告を除く大多数の僧侶らが学会批判の立場で一致しており、ひとり原告のみが学会擁護の立場を鮮明にしていたこと、原告は、日蓮正宗の僧侶としての堅い宗教的信念に基づき、本件各署名を拒否したもので、長期間にわたる多数回の説得ないし圧力にも屈することなく、最後まで署名拒否の態度を貫いたことを考慮すれば、原告の態度は被告大石寺に教義上も敵対する者に対する支持を表明したものと評価されても止むをえないものがあり、このことと原告に対する説得の過程において暴力など有形力が行使された形跡は認められないことなどの諸事情を斟酌すれば、原告に対してなされた前記僧侶たちの説得行為自体は、同じ宗教団体に属する僧侶としての合理的な説得ないし訓戒の範囲内にあるということができる。よって、この点に関する原告の人格権侵害の主張は理由がない。

3 被告大石寺がなした原告に対する措置の違法性について

原告は、原告に対してとられた前記出仕停止、割出停止、住居移転の措置は、被告らの意向に従って署名をしない原告に対する違法な報復行為であると主張するのであるが、《証拠略》によれば、被告らは、原告が日蓮正宗の教義信条である謗法厳誡に違背するとの宗教的判断のもとに、右措置を取ったことが認められる。被告らのいう謗法厳誡とは、自らが謗法行為を犯さないこと、他の謗法を戒めることを含む。また他の謗法行為に同調することを謗法与同と呼び、これも厳しく戒められているところである。ここに「謗法」とは、「正法」を謗る意味で、更に「仏法」である「御本仏日蓮大聖人」を謗り、「僧宝」である日興上人以下歴代の上人を謗ることであるとされ、したがって、被告大石寺に在勤する僧侶でありながら、法主の指南に「信伏随従」する意思を失い、剰え「謗法」に同調する者は排斥されるべき対象になる。これが被告らの立場である。

右宗教的立場の当否はさておき、宗教団体である被告大石寺ないしその人事権を有する他の被告らが、一定の宗教的考えないし立場のもとに、被告大石寺の一僧侶である原告に対して、同寺における宗教行事への出仕を停止するという措置をとったとしても、そのこと自体は、宗教団体内部における宗教上の措置ないし人事権の行使であって、公序良俗違反など宗教団体としての裁量権の範囲を逸脱したと認められる特段の事情がないかぎり、違法性を帯びることはないというべきである。

本件において、原告は、被告大石寺の僧侶でありながら、同寺の法要ないし他の宗教行事への出仕を停止されたことで、割出等の支給を受けられず、現実に経済的に不利益を被ったことが認められるが、そもそも割出にはこれを単に賃金と同視することができない宗教的な側面があり、その不支給をもって裁量権の逸脱があると認めることはできず(宗教行事に出席しなければ、割出を受けられなくともやむを得ない。)、他に裁量権の逸脱を認めるに足りる特段の事情もない。よって、この点に関する原告の主張も採用できない。

4 手続の違法性について

また、原告は、原告に対してなされた右措置は、原告の生活を根本的に脅かすもので、経済的不利益においては「降級」という懲戒処分に匹敵するところ、右は被告大石寺の自律的規範である大石寺規則に基づかないし(規定の不存在)、原告に対して告知・聴聞の機会も与えられず、何ら正当な権限を有しない者によって極めて恣意的になされた違法なものであると主張する。

しかしながら、《証拠略》によれば、被告大石寺においては、日蓮正宗の法主である被告阿部が住職及び代表役員としてその事務を総理し、他方、宗教法人法の規定に基づく事務決定機関として責任役員会がおかれているものの、実務は代表役員の委任をうけた理事会(責任役員会の下にあって、諸活動の運営の実務的処理を行う最高執行機関)が行い、その中で主任理事が全理事を統括するとともに、総本山内教師僧侶に対する法要等への出仕命令や諸行事等は内事部理事(被告小川)の担当となっていたことが認められる。そして、前認定事実によれば、原告に対する本件措置は、内事部理事の被告小川と主任理事の被告八木が他の理事や代表役員である被告阿部の意を受けて、原告に直接告知しており、その手続に違法は認められない。これが事実上の懲戒処分であることを前提とする原告の主張は、その前提自体を是認することができず、やはり採用できない。

三  結論

以上の次第で、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 曽我大三郎 裁判官 今村和彦 裁判官 杉本宏之)

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